• 2018年9月にフランス(France)を旅行しました

  • logo-kbdot
  • (kbdot)

フランス(France)を旅行しました。
1)「モンサンミッシェル(Mont-Saint-Michel)」
2)「べルサイユ宮殿(Palace and Park of Versailles)」
3)「エッフェル塔(Eiffel Tower)市内」
う)「エトワール凱旋門(Arc de Triomphe」
5)「コンコルド広場( Place de la Concorde )」
6)「ルーヴル美術館(Louvre Museum)」
7)「ノートルダム寺院( Paris, Banks of the Seine)」

「「モンサンミッシェル(Mont-Saint-Michel)」
パリからバスで5時間ほど走ると、「モンサンミッシェル(カトリックの修道院)」が見えてきました。それはまるで荘厳なお城のようです。
モンサンミッシェルは大天使ミカエルのお告げにより、8世紀の初めに岩山の上に初めてキリスト教の聖堂が建てられ、以来、建造、崩壊、修復を繰り返し、13世紀にはほぼ今の形になったそうです
時代の波に翻弄され、幾度かその役割を変えることとなったモンサンミッシェルです。
14世紀に勃発したイギリスとフランスとの百年戦争の際には城塞となり、18世紀のフランス革命後にはなんと監獄としても使われました。その名残を今でも見ることができます。
モンサンミッシェルに近ずくとそれは岩の上に建造されているのではなく、岩を飲み込むように建っています。
次に「王の門」をくぐり中に入ると教会堂へと続く参道です。決して広くない道の両側に食堂や土産物屋、郵便局や博物館、そしてホテルまであります。
頂上の教会堂を目指して約300段の階段を登っていきす。
修道院の頂点に建つ荘厳な教会堂(大聖堂)は、11世紀初頭から約60年もの歳月をかけて建造されました。今もここで暮らす修道士によって毎日ミサが行われています。
18世紀には 牢獄だったモンサンミッシェルです。教会堂堂の内部には 鉄格子のある部屋、独房(今は封印されている)やかつての死体置き場、などがあります。
現在は結婚式もモンサンミッシェルの中で挙げることができます。

「ベルサイユ宮殿(Palace and Park of Versailles)」
ルイ13世が狩猟用に作った邸宅でしたが、17世紀半ばに太陽王と呼ばれたルイ14世が増築を繰り返し作り上げたのがべルサイユ宮殿です。
フランス絶対王政の象徴的建造物であります。
ルイ16世の時代まで王の居城でした。その後19世紀に王ルイ=フィリップの意向でフランス 歴史博物館となりました。

宮殿で最も有名な場所が中央にある「鏡の間」です。
17の窓に対して17枚の巨大な鏡が設置され、シャンデリアや燭台の灯りで華麗な部屋です。
第一次世界大戦後の「ベルサイユ条約」はここで結ばれました。

広大な敷地内に作られた豪華絢爛な宮殿だけではなく、見事なフランス式庭園もみられます。
宮殿と庭園の建設には、莫大な費用と人員、年月がかかりました。しかしこれにより国庫が困窮し、結果的に「フランス革命(1789年)」が起きることになります。

ベルサイユ宮殿と言えば「マリーアントワネット王妃(1775年 - 1793年)」を思われずにおれません。
ルイ16世に14歳で嫁ぎ37歳 で断頭台に登るまでの波乱の生涯を殆どここで過ごした事になります。
豪華絢爛の宮殿と豪華さと厳しさに満ちた王妃の人生は、フランス その時代の象徴です。
王妃の宮殿での生活の様子は、工事中のため見る事ができませんでした。
ただ 革命時に民衆に挨拶したというバルコニーを見る事ができました。その姿は冷静で威厳を保ちバルコニーにあらわれ、凛とした態度だったそうです。(marieantoinettej.com他より)

「エッフェル塔(Eiffel Tower)」
1889年に、フランス革命100周年を記念してパリで行われた第4回万国博覧会のために 建てられました。
現在では、パリを代表するシンボルとなっているエッフェル塔ですがあまりに奇抜な外見のため、 建設当時は賛否両論に分かれたそうです。
特にライトアップされたエッフェル塔は、ひときわ目立ち存在感がありました。

「エトワール凱旋門(Arc de Triomphe」
前年のアウステルリッツの戦いに勝利した記念に1806年、ナポレオン・ボナパルト(1769- 1821年)の命によって建設が始まりました。
完成したのはルイ・フィリップの7月王政時代、1836年です。
ナポレオンは凱旋門が完成する前に既に死去しており、彼がこの門をくぐったのは、1840年にパリに改葬された時でした。
1919年7月の第一次世界大戦の同盟国の勝利のパレードなど、国家の歴史的な出来事を執り行う場所として機能しました。

エトワール凱旋門へと続く道は、シャンゼリゼ通りだけでなく、他の12本もの道へと続いて います。パリの中心的な存在エトワール凱旋門です。
凱旋門には登ることもでき、パリの街を一望することができるそうです。(travel-noted.jpより)

「コンコルド広場(The Place de la Concorde)」
パリの中心部であるチュイルリー公園とシャンゼリゼ通りに挟まれており、オベリスク(記念碑)が建つパリ最大の広場と言われています。
広場の中心部にありひと際目立つ一本の柱、オベリスクは1836年にエジプトのルクソール神殿から運んできた「Luxor Obelisk(クレオパトラの針)」です。

1755年に設計されたコンコルド広場は、当初ルイ15世の騎馬像が設置されていたので「ルイ15世広場」と呼ばれていました。
その後、フランス革命勃発により、騎馬像は取り払われ「革命広場」に改められました。

フランス革命中、コンコルド広場は処刑を行う刑場であり、かの有名なルイ16世やマリー・アントワネットもこの広場で処刑(斬首)されました。
コンコルド広場で処刑されたのは、1200人とも1300人とも言われていますが、実際は、もっと多くの人間がこの広場で無念の最期を遂げているそうです。

あまりにも悲しく、残虐な歴史を持つこの広場は、1795年に「調和」の意味を持つ「コンコルド広場」と呼ばれるようになりました。(wondertrip.jpより)

「ルーヴル美術館(Louvre Museum)」
セーム川沿いのパリの中心にあります。
中世の要塞、その後フランス王の城あった建物は、1793年に美術館となりました。
西洋やイスラム世界における古代から19世紀半ばまで約5000年もの歴史をカバーする巨大美術館です。現在では中庭のガラスのピラミッドが有名です。これは新たな入口として設けられています。(jp.france.fr/ja/より)

「ノートルダム寺院( Paris, Banks of the Seine)」
シテ島に建つパリ・カトリックの総本山です。
こどもの頃読んだ本「ノートルダムのせむし男」でパリに行ったら是非行ってみたかった寺院です。
イメージとは少し違いましたが満足しました。とくにセーヌ川からみた姿は素晴らしかったです。
入り口が混んでいたため中に入らなかったのが心残りです。